トキのひな 野生で誕生を喜びつつ
「今度はうまくかえった」。環境省のトキ野生復帰分科会座長山岸哲(さとし)さん(須坂市出身)の声には、喜びと安堵(あんど)がこもっていた。
新潟県佐渡市でトキのつがい1組に、ひなが生まれたのが確認された。放鳥トキのひな誕生は初めてで、国内の野生で確認されたのは36年ぶりだ。
いったん絶滅した日本のトキを野生に復帰させて、定着を図りたい―。その願いを込めた大掛かりな取り組みが、今回一つの関門を突破できた。
中国から贈られたトキを佐渡で人工繁殖させ、2008年に初めて放鳥した。昨年まで営巣、産卵はしたものの、無精卵だったり捕食されたりなどで、ひなはかえらずじまいだった。
確認されたひなは、生後1週間程度とみられる。順調な成長と巣立ちに期待が高まる。餌を親が十分に運べるか、カラスやテンなど天敵に襲われないかなど心配は多い。山岸さんが言うように、人による影響で繁殖が阻まれることもないように見守りたい。
ひな誕生が続いてほしい。繁殖の状況や率を分析すれば、今後の放鳥計画も立てやすくなる。
「朱鷺(とき)の遺言」(中央公論新社)の著者でノンフィクション作家・小林照幸さん(長野市出身)は「よくぞここまで」と話す。特に地元の農薬を減らしたコメ栽培や餌場作りを評価する。
山岸さんの「Birds Note(バーズ・ノート)」(本社刊)によると、トキは江戸時代には日本のほぼ全域で見られた。明治期、銃猟により激減。その後、農薬による餌の汚染などが追い打ちを掛ける。
人間の行動によって、トキは絶滅の道をたどった。
トキが野生で本格的に繁殖、定着するには課題が多い。
佐渡市では人口の減少と高齢化が進んでいる。その結果耕作放棄地が増え、餌場の減少につながる。農業の担い手不足を解消し、トキが生きやすい環境を保てるかどうかが鍵となる。
国、自治体、住民、研究者が一体となった一層の取り組みが要る。兵庫県豊岡市ではコウノトリの野生復帰事業で、野生のひなが数多く誕生している。学びつつトキでも成功できればと思う。
放鳥されたトキは以前信州にも飛来し、県民の関心は高い。ひな誕生を機に、県内の生き物にも目を向けたい。乱獲や開発、温暖化が原因で、絶滅が心配される動植物が増えている。保全のための対策強化が欠かせない。
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